だるまの目いれするやり方と由来、最後に処分(供養)する方法

1月の気になる事

縁起だるまの少林山 群馬県の上毛かるたで有名な少林山達磨寺のダルマです。七草大祭だるま市は例年1月6日・7日開催されて6日の夕刻からが人出が多くにぎわいます。私も毎年出かけては新しい達磨を購入し神棚にかざっています。高崎だるまは「上州だるま」とも呼ばれて全国生産の80%に匹敵する年間170万個が生産されているそうです。


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だるまの目いれするやり方

我が家の場合、神棚には二体の達磨が鎮座しております。向かって左側には片目の達磨、右側には両目を入れた達磨です。少林山へ出かけるとき両目の入った達磨を持って出かけます。これは、少林山で供養していただきます。そして、新しい達磨を購入し帰宅したら、片目の達磨には、一年間ありがとうございましたと念を込め、墨(マジック)で目を入れて両目にします。これを、神棚の右側へ置きます。新しい達磨には左側(正面から向かって右側)に願いを込めて左目を入れます。これを、神棚の左側に置いて無事、新年が迎えられた気分になります。これは我が家だけの習慣ですが、他にやり方があるのか調べてみれば、「新しい達磨をお買い求めになられたら、左側(正面から向かって右側)に願いを込めて左目を入れて、願いが叶ったら右側(正面から向かって左側)に、感謝を込めて右目を入れてください」とありました。また、仮に願い事が叶わなくても、区切りとして、年の終わりや年度の終わりには右目を入れてご供養くださいともありましたので、我が家の習慣もこれに習ってのことだと思います。

だるまの由来

気分の問題かと思いますが、達磨が神棚にないと落ち着きません。いつのころから達磨を飾るようになったのかなんですが、子供のころにはすでにありましたので分かりません、そこで少し調べてみました。始まりは、延宝5年(1667年)に東皐心越禅師が開山した禅宗の一派である黄檗宗の少林山達磨寺で、毎年正月に心越禅師の描いた一筆達磨の座禅像を配り札としていたことによる。その後、文化年間に達磨寺の近隣の上豊岡の山県朋五郎が達磨寺九代目住職の東獄和尚に木型を彫ってもらい和紙を張って作ったのが、高崎だるまの始まりとされているそうです。歴史的背景にはそんな由来があったのかと、初めて知りました。群馬県の上毛かるたに「雷と空風義理人情」がありますが、冬に風が強く乾燥する気候がだるま作りに適しており、農閑期の副業として盛んに行われ、ここから全国に広またというのが由来だとも聞いたことがあります。

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だるまの処分(供養)

我が家では少林山へ出かけるとき両目の入った達磨を持って出かけます。これは、少林山で供養していただきます。他にはどんな供養の仕方があるのか少し調べてみました。古いだるまの供養の仕方には、地元でどんど焼き(普通、正月15日に行う火祭りの行事。正月の松飾り・注連縄しめなわ・書き初めなどを持ち寄って焼き、その火で餅を焼いて食べ、健康と幸福を祈る)などがある場合は、その際に感謝の心を込めてお焼きになるか、お近くの「お寺」にお納めになってください。家の近くに「どんど焼き」の風習も「お寺」もない場合は、お近くの「神社」にお納めになってください。「だるま」は元々、仏教の僧侶である「達磨大師」を基本の型に作られたものですので、出来ればお寺にお納めになられるのがよろしいと思われます。

だるまの目いれするやり方と由来、最後に処分(供養)する方法のまとめ

・だるまの目いれするやり方は、左側(正面から向かって右側)に願いを込めて左目を入れ、願い事が叶わなくても、区切りと して、年の終わりや年度の終わりには右目を入れてご供養ください。

・だるまの由来では、始まりは、延宝5年(1667年)からで、その後、文化年間に達磨寺の近隣の上豊岡の山県朋五郎が達磨寺 九代目住職の東獄和尚に木型を彫ってもらい和紙を張って作ったのが、だるまの始まりとされています。

・だるまの処分(供養)では、仏教の僧侶である「達磨大師」を基本の型に作られたものですので、出来ればお寺にお納めし たほうが良いようです。

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